東大訪問

先日、東大柏の葉キャンパスにある先端生命科学科の尾田正二先生の研究室にお邪魔しました。

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尾田先生はもともとは遺伝子研究などをされていたらしいのですが、今ではメダカの研究者です。語弊があるかもしれませんが、実験動物としてのメダカの行動分析などをされているとか。

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メダカにも自律神経があるとの分析はとても面白かったです。遺伝子組み替えによって臓器が透けて見える透明のメダカを作り、何か刺激を与えた際の心臓の動き(心拍数、心電図も作る)を観察することで自律神経の存在がわかったとか。蛍光色のメダカもいました。

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メダカは誰でも簡単に遺伝子組み替えができるらしく、その装置も見せて頂きました。

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とても面白い先生で、科学のある行き詰まりの部分に芸術(の感性や創造性や想像力)が必要ではないかとのお考えから今回訪問させて頂きました。

「試験だけできるような人間ではダメなんだと、東大が先んじて言わないとそっから下の幼稚園にまで至るお受験システム、試験だけできれば良いという考えから抜け出せず、(遊びの中で培われる)感性が育たない」とおっしゃっていました。その感性こそが知的探求の源かもしれませんね。

近代科学は実験動物を機械(モノ)のように捉えてきた、孵化して餌を食べ消化し生殖し卵を産み そして死ぬ、というように。(試験でそう覚えるし。)しかしもしメダカに精神のようなものがあったら?と妄想が止まりませんw 実験用のマウスなんかよりもメダカの方がよっぽど意識の存在を感じるとのことw

マウスはガンの研究のために遺伝子組み替えが繰り返されてきたせいか、丈夫すぎるらしいです。繊細な反応を見るにはメダカの方がいいとか。

他にもメダカの行動分析の例は、二個体を一緒の水槽にいれた場合にその二個体の動きには相関があるか?メダカはある個体の動きに影響を受けて自らの行動を決めているのかどうか?のような。その泳ぎの軌跡をビジュアル化してその相関を観察するらしいのですが、そのビジュアル化の過程にアート的なものが入り込んだり…

心臓の動きの観察から心電図を作ろうとするのも十分アート的だし、見せて頂いたメダカの断面図を染色して標本化したものが既に絵画のようで彫刻のようで、ダミアン・ハースト顔負けの想像力をくすぐるものでした。メダカのいる部屋もインスタレーションみたいだと、同行した岩間さんもおっしゃっていました。(なんでもかんでも無理にアート的に見ようとしているわけでもなく)

生物系の学生なら普段から見ているようなものが、芸術系の学生からするととても刺激になるものだったり、逆もあるかもしれないし、互いに価値観や思考の型を揺さぶる交流がしたいと。その過程でふと学問の新領域なるものが生まれるのではないか、との話で今後もとりあえずはオフィシャルにではなく、ゆるく交流していって、その途中にもしプロジェクト化する必要性が出てきたらそれはその時で…という感じになりそうです。

感性は別に芸術系学生の専売特許ではありません。誰にでもあって東大生にだってあります。芸大生にない感性をもっているはずです。もっと言うとそれは個人個人、その人その人の人生の違い?触れてきたものの違い?から感性の違いってあると思います。その感性の違いを今度学生と交流できる機会があったら話をいろいろ聞いてみたいですね。

この感動を知人の物理学者に話したところ、かつては(それこそダ・ヴィンチの時代は)科学者にも”表現”が必要だったと。単純にいえばとても緻密な解剖図を書いたり、先ほど書いたビジュアル化するという段階にですよね。さらには、ガラス管を火であぶって伸ばして注射針を作ったりスポイトを作ったりなど実験器具や装置を工夫する”感性”と”技術”も必要だったと。(ちなみに尾田先生はメダカのお腹を下から観察するために顕微鏡を逆さにした装置を作っていました)

テクノロジーの発達などさまざまな要因から専門分化し分離していった科学と芸術がふたたび結びついていくのかなぁとわくわくしました。

(投稿者:風間勇助)